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93.FIRE後、「社会の役に立てていない気がする」モヤモヤとの付き合い方

前回の記事では、

FIRE後の「目標がない不安」と「目標を詰め込みすぎる焦り」、
目標を“コンパス”くらいの距離感で持つ工夫

について整理した。

ここまで来ると、次に出てくるのはもうひとつ別の、でもよく似たモヤモヤだ。

働いていない自分って、
社会の役に立てていないんじゃないか?

収入がない=価値がない気がする。
「何して食べてる人?」と聞かれると、少し気まずい。
ボランティアや副業を、罪悪感の埋め合わせのように探してしまう。

今日はこの「役に立てていない気がするモヤモヤ」をほどきながら、
FIRE後の「貢献」の捉え直し方を一緒に考えたい。


目次

結論:FIRE後は「会社への貢献」から「生活圏への貢献」へ物差しを変える

FIRE後の“役に立つ/立たない”は、
「会社への貢献」から「生活圏への貢献」へと、物差しを変える必要がある。

  • 年収・肩書きだけが貢献ではない
  • 家族・暮らし・コミュニティ・学びも、ちゃんと「役に立つ行為」
  • 大きなボランティアや壮大なミッションがなくてもいい
  • 自分が「これなら気持ちよく続けられる」と思える範囲が、ちょうどいい貢献ゾーン

なぜFIRE後、「社会の役に立てていない気がする」のか?

① 長年、「貢献=仕事=お金」だったから

多くの人は、長いあいだ

社会に役に立つ=会社で働く=お金を稼ぐ

という図式の中で生きてきた。

  • 仕事で成果を出す
  • 給料という形で評価される
  • 納税することで、社会保障にも貢献している感覚がある

この「わかりやすい貢献の形」が一度外れると、

  • 収入がない
  • 納税も減る
  • 「役に立っている」という手応えが薄い

となり、自分の存在価値まで一緒に揺れやすい。

② “無職”ラベルへの世間のイメージ

FIREという概念を知らない人から見ると、

  • 働いていない=無職
  • 無職=何もしていない、というイメージ

で語られてしまう。

  • 「何してる人なの?」
  • 「仕事してないの?大丈夫?」

と聞かれるたびに、

自分って、ちゃんとしてないのかな…

という小さな棘がたまっていく。

③ 「大きなことをしなきゃいけない」圧力

FIREや早期リタイアの発信を見ていると、

  • 世界一周
  • 社会起業
  • 大規模ボランティア

など、分かりやすく“すごいこと”をしている人が目につきやすい。

すると、

  • 普通に暮らしているだけの自分
  • 近所を散歩して、家族と過ごしている自分

が、「それだけでいいの?」と不安になりやすい。


そもそも「貢献」って何だっけ?を分解してみる

① お金だけが「役に立つ」のではない

わかりやすい貢献:

  • 商品やサービスを提供して、お金をもらう
  • 税金や社会保険料を払う

でも、それだけが「社会の役に立つ」ではない。

たとえば、

  • 子どもを育てる
  • パートナーのメンタルや健康を支える
  • 高齢の親のケアをする

これらは、数字には出にくいけれど、
社会全体から見れば、ものすごく大きな貢献だ。

② 生活の半径の中にも「役に立つ瞬間」はたくさんある

少し視点を変えると、

  • 友人の相談に乗る
  • 地域でちょっとしたお手伝いをする
  • ネット上で情報をまとめて発信する
  • 誰かの悩みを軽くする文章を書く

こうした行為も、十分「役に立っている」。

「世界中の人の役に立つ」よりも、
「自分の半径数メートルの人にとって、いてくれて助かる」。

このレベルの貢献を、もっと評価していい。

③ 「ちゃんと生きる」も立派な役割の1つ

極論を言えば、

  • 借金で誰かを巻き込まない
  • 家族に暴力をふるわない
  • 他人を攻撃する生き方をしない

というだけでも、十分「社会にとってありがたい存在」だ。

そこに加えて、

  • 家族を大事にする
  • 自分の健康を守る
  • 周囲にささやかでも優しさを向ける

これだけで、かなり高得点な“社会貢献”と言っていいはず。


モヤモヤと付き合うための「貢献の再設計」

① 他人の物差しをいったん横に置く

まずやりたいのは、

  • 年収
  • 肩書き
  • 職業名

といった「他人に説明しやすい物差し」をいったん棚上げすること

紙やノートに、こんな問いを書いてみる。

「誰にも見せなくていいとして、
自分が“役に立てたな”と思えた瞬間は、どんなときだったか?」

たとえば、

  • 子どもの表情がふっと明るくなったとき
  • パートナーが「助かった」と言ってくれたとき
  • 自分の文章に「参考になりました」とコメントがついたとき

そういうマイクロな瞬間を、
自分の中で「立派な貢献」としてカウントし直していく。

② 「マイクロ貢献ログ」をつけてみる

おすすめは、
1日1行レベルの“マイクロ貢献ログ”をつけること。

  • 子どもと公園に行って全力で遊んだ
  • スーパーで困っていた人に、さりげなくカートをどけた
  • ブログで、自分なりの失敗談を正直に書いた

など、「これ、ちょっとだけでも誰かのためになったかも」を
自分で拾い上げて、メモしておく。

続けるうちに、

あ、自分は“何もしてない”わけじゃないんだな

という感覚が、少しずつ積み上がってくる。

③ 罪悪感でボランティアや副業を増やさない

ここで注意したいのが、

  • 「役に立ってない気がするから」
  • 「ちゃんとしなきゃいけない気がするから」

という罪悪感ベースで、
ボランティアや副業を詰め込みすぎること。

  • スケジュールがパンパンになる
  • 断れない
  • しんどくなって、続かない

となると、FIRE前の働き方とほとんど変わらなくなる。

何か新しい活動を始めるときは、

・これは「やらなきゃ」よりも「やってみたい」が勝っているか?
・半年後も、このペースで続けるイメージが持てるか?

くらいを、軽くチェックしておきたい。

④ 「3つの貢献ゾーン」で考えてみる

FIRE後の貢献を整理するうえで、
こんな「3つのゾーン」で考えてみるとわかりやすい。

  1. 家の中ゾーン
    • 家族・パートナー・自分の心身
    • 家事・育児・介護・感情のケアなど
  2. 身近な人ゾーン
    • 親しい友人
    • オンラインコミュニティ
    • 仕事仲間だった人など
  3. もう少し外側ゾーン
    • 地域の活動
    • ボランティア
    • ネット上での発信・情報提供

それぞれのゾーンで、

  • 今、自然にやれていること
  • もう少しだけ増やしてもいいかなと思うこと
  • あえてやらなくていいこと

を書き分けてみると、
「自分にとってちょうどいい貢献の形」が見えやすくなる。


僕の感覚

FIREは「社会から離脱する行為」ではなくて、
社会との関わり方を、自分で再設計し直す行為。

会社という“1つの大きな組織”への貢献から、
家族・友人・地域・オンラインコミュニティといった
いくつかの小さな円への貢献へと、重心をずらしていくイメージ。

「すごいこと」をしなくてもいい。
ニュースになるような活動じゃなくていい。

今日、自分の半径数メートルの人間関係が、昨日より少しだけ平和だった。
誰か1人の不安が、昨日よりほんの少しだけ軽くなった。

それを自分で「役に立てた」と認定できるかどうか
そこに、FIRE後の「貢献」の本質があるような気がしている。


まとめ

  • FIRE後、「社会の役に立てていない気がする」モヤモヤは多くの人に起こる
    • 長年「貢献=仕事=お金」と結びつけてきた
    • “無職”ラベルへの世間のイメージ
    • 「大きなことをしなきゃ」という圧力
  • 貢献を分解してみると:
    • 子育て・介護・家族を支えることも大きな社会貢献
    • 半径数メートルの人にとって「いてくれて助かる」だけでも十分
    • 「ちゃんと生きる」こと自体も役割の1つ
  • モヤモヤとの付き合い方:
    • 他人の物差し(年収・肩書き)をいったん横に置く
    • 「マイクロ貢献ログ」で小さな役立ちを拾い直す
    • 罪悪感ベースでボランティアや副業を詰め込まない
    • 「家の中/身近な人/もう少し外側」の3ゾーンで、ちょうどいい貢献を考える

次回は、「FIRE後、“また働きたくなったとき”の戻り方」をテーマに、
再び働くことをタブーにせず、お金・メンタル・プライドをどう整えるか整理する予定。

本棚
30代子持ち。夫婦でメーカー勤務。転職1回。FIREしたい。アイコンはタワシさん(https://x.com/tawashi3333)に描いていただきました。
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