前回の記事では、
「成長したい自分」と「もう頑張りたくない自分」の揺れと、
回復モード・維持モード・成長モードの3つのギアでペースを決める考え方
を整理した。
そうやってFIRE後のペースが少し整ってくると、今度はこんな感覚が出てくることがある。
なんか、毎日だいたい同じだな…。
楽は楽だけど、ちょっと退屈かも。
このまま何十年も同じだと考えると、逆に不安になる。
この記事では、FIRE後の暮らしにやってくる「飽き・マンネリ感」の正体と、
生活をぶち壊さずに日常に少しだけスパイスを足す方法を整理していく。
結論:「飽きた」はFIRE失敗のサインではなく、「微調整のタイミング」
FIRE後に「飽きてきたかも」と感じるのは、FIREが失敗したサインではない。
次のリズムに切り替えるタイミングであり、今の暮らしを微調整するサインとして受け止めていい。
いきなり大きく人生をいじる必要はなく、
- リズムを季節単位で見直す
- 日常の中に「小さな非日常」を足してみる
- 手放すもの・足すものを1つずつ試す
くらいで十分だ。
FIRE後の「飽き・マンネリ感」の正体
① どんな暮らしも、やがて「普通」になる
- 憧れの在宅生活
- 朝の通勤ゼロ
- 自分で決める時間割
- 平日に家族と過ごすゆとり
こうした変化は、最初のうちは強烈な“ご褒美感”がある。
でも人間は、良くも悪くも環境に慣れる生き物だ。
ブラック企業からホワイト企業に転職しても、数年後には普通になる。
新築の家も、数年経つと「いつもの家」になる。
と同じで、FIRE後の「自由な暮らし」も、一定期間を過ぎると“日常”になる。
飽き=悪いことではなく、「人間として自然な反応」くらいに見ておくと楽になる。
② 「刺激がゼロ」も、「刺激が多すぎ」も、どちらも疲れる
- 常に刺激が多すぎる生活(激務・イベントだらけ)は、消耗する
- 逆に刺激が少なすぎる生活(毎日まったく同じ)は、退屈でぼんやり不安になる
FIRE後は、会社員時代よりも「刺激が少ない側」に振れやすい。
毎日穏やかだけど、メリハリがない。
時間はあるけど、“物語”が進んでいない感じがする。
このズレが、「なんか飽きてきたかも」という感覚を生む。
③ 「飽きた=FIRE失敗」ではない
ありがちな誤解が、
飽きてきた → やっぱりFIREは間違いだった?
と直結させてしまうこと。
でも本当は、FIREかどうかに関係なく、
- 同じ会社にずっといる
- 同じ街にずっと住む
- 同じ趣味だけを続ける
どんな選択にも、ある程度のマンネリはセットでついてくる。
FIREだから飽きた、というより、
「一つの生活モードを一定期間続けたので、
そろそろ微調整のタイミングですよ」
というサインに近い。
「シーズン制」で暮らしを捉え直す
① 「永遠のこの生活」ではなく、「シーズン」の積み重ねで考える
「この生活が、今後ずっと続く」と考えると、どうしても重く、退屈に感じやすい。
そこで発想を変えて、
- 今は「この数年のシーズン」
- 数年ごとに、暮らしのテーマやリズムを少し変えていく
くらいのイメージで考える。
たとえば、
- 今の2〜3年は「家族時間&体力を整えるシーズン」
- 次の数年は「学び直し&小さな仕事シーズン」
- その次は「住む場所や暮らしの形を少し試すシーズン」
人生全体の設計図というより、
シーズンごとのテーマをゆるく決めていくイメージ。
② シーズンの切り替えサイン
次のような感覚が出てきたら、「シーズンの切り替え」を検討していいタイミングだ。
- 毎日のルーティンが、良くも悪くも完全に安定している
- 新しく足したいこと・やめたいことが、なんとなく頭に浮かぶ
- 「このモードであと5年」と考えると、少し重い
このときにやるのは、いきなり大移住・大転職ではなく、
まず「暮らしのテーマをひとつ変えてみる」程度から。
日常を壊さずに“ちょい足し”できるスパイス
FIRE後に飽きたとき、いきなり大きな変化(移住・起業・大型プロジェクト)を入れると、
自由度は上がる反面、ストレスも一気に増えやすい。
ここでは、「日常の骨格はそのままに、小さく変える」スパイスをいくつか挙げておく。
① 曜日ごとのテーマをつけてみる
- 月:身体の日(運動・散歩・ストレッチなど)
- 火:インプットの日(読書・動画・学び)
- 水:アウトプットの日(ブログ・ノート・作品づくり)
- 木:人との予定を入れる日
- 金:家のメンテナンスの日(片づけ・整理)
このように、ゆるい「曜日テーマ」を決めてみる。
同じ1週間でも、「テーマ」があるだけで少し物語っぽくなる。
全部守れなくてもOK。「軸」があるだけで、マンネリ感は和らぐ。
② 「月1チャレンジ」を1つだけ決める
1年を通して大きな目標を立てるのではなく、月単位で1つだけ「新しいこと」を決める。
- 今月は「はじめての店でランチを一人で試す」
- 来月は「新しい本を1冊だけ読み切る」
- その次の月は「小さい旅(近場の1泊)を計画する」
大事なのは、小さく・終わりが見えるチャレンジにすること。
③ 「人との予定」を少しだけ増やす/減らす
マンネリの一部は、「人との距離感」の偏りから来ることもある。
- 一人時間が多すぎて、刺激が少ない
- 逆に予定を詰め込みすぎて、日常に戻ったときのギャップがしんどい
少しだけ、
- 月の中で「人と会う日数」を+1/−1してみる
- オンラインコミュニティやサークルに“お試し参加”してみる
- 長く連絡していない友人に「近況どう?」と一通だけ送ってみる
といった「1コマの調整」だけでも、日常の感じ方は変わる。
④ 「やめてみる」実験も立派なスパイス
何かを足すだけがスパイスとは限らない。
- 惰性で続けている習慣
- なんとなく見ているSNS・ニュース
- 「やらなきゃ」と思いつつ、実はあまり楽しくないタスク
こうしたものを、1つだけ「1か月やめてみる」実験も有効だ。
意外と困らないものは、そのまま手放してOK。
なくなると物足りないものは、「自分にとって大事なスパイス」だったとわかる。
やめてみることで、逆に「自分にとって必要な刺激」が見えてくることも多い。
僕の感覚
FIRE後の飽きやマンネリは、「暮らしの設計そのものが間違っていた」というより、
「今のリズムを少し調整する時期ですよ」という通知に近い。
退屈をゼロにすることは、たぶんできない。
でも、退屈を“ほどよい暇さ”くらいに調整することはできる。
そのためのツマミが、「シーズンの切り替え」と「日常へのちょい足し」くらいで捉えておくと、
「飽きてきた自分」に対しても、少し優しくなれる。
まとめ
- FIRE後の暮らしに「飽き・マンネリ感」が出てくるのは、ごく自然なこと
- どんな生活も、時間が経てば「普通」になり、刺激が薄れる
- 「飽きた=FIRE失敗」ではなく、「暮らしのリズムを微調整するサイン」と捉えていい
- 人生全体ではなく、「数年ごとのシーズン」の積み重ねとして暮らしを考える
- 曜日テーマ・月1チャレンジ・人との距離感の調整・「やめてみる」実験など、小さなスパイスで日常を少し変える
- 退屈をゼロにするのではなく、「ちょうどいい暇さ」に近づける感覚が大事
次回は、「FIRE後の“なんとなく不安”との付き合い方」をテーマに、
お金や生活に大きな問題がなくても生まれてくる漠然とした不安を、どう捉え、どう扱っていくかを整理する予定。
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