前回の記事では、
FIRE後も消えない「もっと成長しなきゃ」という感覚と、
成長の意味を“外側の成果”から「広がり・深まり・休む力」に広げる考え方
について整理した。
ただ、もうひとつFIRE後あるあるの感覚がある。
今日はわりとのんびり過ごした。
楽しかったけど、なんかサボってる気もする……。
仕事も勉強も「大したことをしていない日」、予定が少なくゆっくり過ごした休日、
子どもと遊んでいたら1日が終わった日。
そんな日ほど、夜にふと罪悪感が出てくることがある。
この記事では、この「のんびり=サボり」と感じてしまう罪悪感との付き合い方を整理していく。
結論:余白もちゃんと「人生の仕事の一部」にする
FIRE後は、「常に何か生産し続けること」をやめて、
余白も人生の仕事の一部だと再定義する必要がある。
- 怠けと余白の境界線を、自分なりに言葉にしておく
- 一日の「これだけやったらOKライン」を決める
- 休むこと自体の目的を決めておく
なぜFIRE後、「のんびり=サボり」に感じてしまうのか?
① 「忙しい=えらい」という文化の中で生きてきたから
長年、仕事をしていると、
- 忙しそうにしている人は頑張っている
- 予定が詰まっているのは「有能」のサイン
- ヒマそうにしていると、なんとなく後ろめたい
という空気の中で暮らしてきたことが多い。
その結果、
何もしていない自分 = 役に立っていない自分 = ダメな自分
という図式が、頭のどこかに刻まれている。
② 「成果」と「自分の価値」が結びつきすぎているから
今日どれだけ働いたか、どれくらい進捗が出たか、どれだけ人に感謝されたか。
こうした「外側の成果」が、そのまま自分の価値のスコアのように感じてしまうことがある。
すると、
- 成果が少なかった日
- ダラッとしてしまった日
が、「今日の自分の価値は低い日」に見えてしまう。
③ FIRE=「楽して生きる」と見られるのが怖いから
FIREという選択は、「働かないで生きている人」「楽している人」というイメージで見られがちでもある。
そのため、FIREした本人の中にも、
本当はのんびりしたいけど、自分まで“楽してるだけの人”になってしまう気がして怖い。
という感覚が生まれやすい。
この「他人の視線の代弁者」が頭の中に住みつき、のんびりしている自分を責めてしまう。
怠けと余白の境界線を、自分の言葉で決めておく
① 「怠け」と「余白」は、本来ちがうもの
まず整理しておきたいのは、
怠け = 本来やりたい・やるべきと思っていることから逃げ続ける状態
余白 = やるべきことをやったうえで、あえて何もしない時間を残している状態
という違い。
同じ「ソファでゴロゴロしている1時間」でも、
- やるべき最低限も投げ出して現実から逃げている1時間
- 今日はこれだけやったから、あとは休んでOKと決めた1時間
では、中身はまったく違う。
② 一日の「OKライン」を先に決める
罪悪感が強い人ほど、「今日はこれだけできたらOK」という基準を、事前ではなく「後出し」で決めていることが多い。
そこで、
- 仕事や作業を◯時間
- 家事・育児でこれだけ動く
- 勉強や運動を少しでもやる
など、自分の中の“その日分のOKライン”を朝や前日のうちに決めておく。
ここまでできたら、今日は合格。
それ以降は余白タイム。
と、自分で宣言してしまう。
③ 「意図的に何もしない時間」を予定表に入れる
何もしない時間は、「余ったら休むもの」ではなく、最初から予定として確保するものに変えてしまう。
- カレンダーに「ノープランタイム」と書く
- 家族カレンダーにも「何も入れない日」として共有しておく
- ToDoリストに「午後は何もしない」とあえて書く
こうすると、「サボってしまった時間」ではなく、「予定どおり“何もしない時間”という仕事をこなした」感覚に変わる。
罪悪感との付き合い方:実践アイデア
① 罪悪感を「悪者」にせず、ただラベリングする
のんびりしているときに、ふと出てくる、
こんなにダラダラしてていいのかな……
という感覚。
追い払おうとしたり、逆に飲み込まれたりせず、
あ、今“サボってる気がする罪悪感”が出てきたな。
とラベリングするだけでいい。
一歩引いて眺めるだけで、罪悪感の圧は少し弱まる。
② 休むことにも「目的」を与える
罪悪感は、「目的もなくただボーッとしている自分」を無駄だと判断するところから生まれがちだ。
そこで、休むことにも役割を与えてしまう。
- 明日のパフォーマンスを上げるための充電タイム
- 子どもにイライラしないためのメンタル調整タイム
- 長期的な健康を守るためのメンテナンス時間
「これはサボりではなく、明日以降の自分への投資だ」と名前をつけておくと、のんびりタイムに意味が生まれる。
③ 「何もしていないようで、実はしていること」に目を向ける
ソファでダラッとしている時間でも、実は、
- 脳が情報を整理している
- これまで考えてきたことがじわじわ熟成している
- 身体が緊張を解いている
- 家族が「この人はちゃんと休めている」と安心している
といったことが起きている。
「目に見える成果がない=何も起きていない」ではない。
④ “ちゃんとサボる”と決めてみる
どうせサボるなら、
- なんとなくダラダラ罪悪感つきサボり
ではなく、
- 今日は14:00〜17:00は「ちゃんとサボる時間」
と決めてしまうのも一つの方法だ。
そして、その時間が終わったら「今日のサボりミッション完了」と切り替える。
オンオフの線引きに慣れてくると、ダラダラ長引く罪悪感も減っていく。
⑤ 「それでもまだ不安になる日」は、過去の自分とだけ比べる
のんびり過ごした日に、
こんな生き方で、本当にこの先大丈夫かな……
と長期的な不安まで出てきたときは、他人ではなく「過去の自分」とだけ比べてみる。
- 昔の自分より、生活の自由度は上がっているか?
- 昔の自分より、お金の不安は軽くなっているか?
- 昔の自分より、家族との時間を持てているか?
ここに小さな「Yes」がいくつかあれば、それだけで十分前に進んでいる。
僕の感覚
FIRE後に「何もしていない時間」が増えるのは、失敗ではなく、むしろ“目的どおり”でもある。
常に何かをしていないといけないという呪いが少しずつ弱まり、
何もしない時間の中から、本当にやりたいことが浮かび上がってくる。
のんびりできること自体が、FIREの成果の一つだと考えていい。
まとめ
- FIRE後、「のんびり=サボり」に感じてしまうのはよくある
- 背景には「忙しい=えらい」「成果=自分の価値」という文化がある
- 怠けと余白は別物
- 怠け:やるべきことから逃げ続ける状態
- 余白:やるべきことをやったうえで、あえて何もしない時間
- 罪悪感を減らすために:
- 一日のOKラインを先に決める
- 何もしない時間も予定に入れる
- 罪悪感をラベリングする
- 休むことにも「目的」と「役割」を与える
- あえて“ちゃんとサボる時間”を決める
次回は、「FIRE後、“自分にだけやたら厳しい”問題」をテーマに、
セルフイメージと自己肯定感の整え方について整理する予定。
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